2005年 03月 08日 ( 1 )

よるをまもるやせっぽっちでめがねをかけた守宮。

「見て、今日は細い三日月だよ」
とちいさな声でつぶやく。
声は夜の街へ
細い
とても細い線になって
闇へと吸い込まれる。

「まだ裸足では寒いねえ。」

「でも、ほら、もう春の匂いがする。」

春は乱視みたいに
夜の輪郭を甘くする。

冬の夜の、あの感じ。
輪郭がシャープで
ツンとした
あの感じが
とてもいとしい。

ビールを片手に裸足で出たベランダ。
「やっぱり、まだ寒いよ」といいながら
部屋のなかにそそくさと退散。

いつのまにか、習慣になってしまったこの癖。
誰もいない部屋、
街の真ん中、
夕日がピンク色に染まる黄昏、
思いがけず見上げた冬の星、
夏の星、
美味しくできた料理を食べて
ニコリとした瞬間、
温泉で「ふう〜」っと天井を仰いだ時、

「見て見て」と
わたしは話しかける。

言葉は行き場を持たないから
所在なさげに
湯気の中や、
夜の闇に
消えていく。

ひとに話したことは勿論ない。
だって、
やばいじゃん。
そんなの。
痛いし。
痛すぎるし。
というか、
我ながら
ちょっと引いちゃうし。
まさか、

すっかりフラれて
3年も時が過ぎた恋人に
話しかけていますなんてさ。

キラキラしたものや、
思わず、ハッと美しい月や、
美味しいものや、
いとしい瞬間に遭遇すると、
神経が脳に信号を伝えて、
瞬時に演算が始まって、
過去や経験と照らし合わせが行われて
冷静な分析が行われるスピードより
ううんと早いスピードで、
「彼に伝えたい」と
答えがはじき出される。

この愛しさを
早く彼に伝えたいと。

どうしてなのか
よくわからない。
でも、
切実に
思うのだ。

世界のこの儚い美しさを
自分が今、発見した
この瞬間を
はやく
彼に伝えなきゃって。
思うのだ。
消える前に
共有したい。
と。

28年の人生の
たった2年半。
その内、遭っていた時間なんて
たかが半年ぐらいの、
幼い恋を
共有したというだけの男の子。

なのに、
どうしてだろう。
どうして
消えてくれないのだろう。
愛しくて
愛しくて
憎しみなんて
どんなに探しても
見つからない。

彼の心を失ってから
ほんとうに欲しいものなんてなにもない。
空虚なばかりだけれど
それでも、前に進めと
世界は言う。
もし、ひとつ願いを叶えてくれるなら
「永遠」を下さいと
お願いする。
何もいらないから
ただ
「永遠」を。

愛しいものは
指の間からこぼれおちて
あわてて
かき集めようとしたときには
もう、
ての届かない場所にある。
ちゃんと
存在して
呼吸して
温かくて
同じ匂いをしているのに
次の瞬間には
もう、ふれることもできない。

手の届かない場所に行った
愛しいひとは
振り向くことなく、
別の時間を生きて
また誰かに恋をして
子供ができて
そして
知らない人生を生きて
死んでいく。

ただ、恋が終わっただけ。
ささいな
幼い恋が
ありきたりな理由で
終わった。
それだけ。

でも、
愛しいひとが
隣で笑っていてくれない人生は
なんとも心許ない。

細い月のような目をしていて
唇と背中の筋肉がとても綺麗なかたちで
犬に顔を嘗められても
ムツゴロウさんみたいに
ずっと、ただ、嫌がりもせずにニコニコと嘗められていた。
彼に愛されている自分は
なんだか
子犬みたいに
いとしい生き物になったような気がした。
おっぱいも
目も鼻も口も
髪も足も
まあるくて柔らかい
上等な生き物になったような
そんな気がしていた。

幸福の真ん中ですら
セックスをして眠って
夜の真ん中でひとりぼっちで目が覚めて
無防備に
隣で眠る顔を見ていると
いつも涙がでた。
「いつかきっと失ってしまう日」を思って
天井を見上げて
声を殺して泣いていた。
あの苦しさを思えば
一人の今の方が
すこし楽なのかもしれない。
失うべきものは
なにもない。

大人になっても
ビールは苦い。
でも、
旨いのだ。

苦い恋は
ビールのつまみにして
一気に飲み干す。
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by 1egg2min | 2005-03-08 00:44 | TEXT