銀河系に涙を一滴垂らした

午後のすきまに
だいすきなおともだちから突然の電話。
名古屋に来ているというので、
とてもうれしくなって
隙間をぬって
いそいそと会いに行く。

昨日だったら仕事で
ぐしゃぐしゃでぺっしゃんこに
なっていたから
逢えなかったのに

逢うべき時に
あいたいひととは逢える
世界はそんな風に
まわってるらしい。

東京のみんなの近況を聞く。

ちょっと前までは
彼女たちとどんどん離れていってしまう不安や、
埋められない距離や
同じクリエイティブな仕事を生業にする者としての
東京への羨望や、
今、此処の場所にいる理由もなくて
やみくもに彼らがくらりと眩しい感じが
していたけれど

今は
自分が迷いながら選んできた選択に
後悔はない。
そう、まっすぐな気持ちで思える。

クリエイティブな仕事としての
チャンスは捨ててきたかもしれないけれど
必要な時期がきたら
自然と接点が生まれる筈だから。

関係ないけれど
今月の「リンカラン」を読んでいたら
(すぐに「リランカン」と言ってしまうのは私だけ?)

「ホメオパス」
「ホメオパシー」

というものを熱く語っている人たちの記事を読んで
(文脈からすると先月号でこの特集だったのかもしれない)
何度読み返しても
気持ち悪いほど、新興宗教のひとたちみたいで
初めて読んだ人には、不安と気持ちの悪さを抱く文章なので
編集者的にこれはどうなんだろう。

「ホメオパス」って今、すごく流行っていて
もはや説明すらしなくていいのもなのか?
「ロハス」「デトックス」みたいなもの?

だって、説明文が

「銀河系に涙を一滴垂らした」と例えられるほどまでに希釈した「レメディー」を出してくれる存在、それがホメオパスです。

の一文のみ。

これでは
手から「ビブーティー」といふ空中から物質化したさらさらの白い粉や金の時計をだしてくれるアフロヘアーの存在、それがサイババです。

ぐらいの
激しい不安におそわれる。

雑誌において
作り手側が完全に客観的な視点を失った
共通認識への依存しすぎる文章って
専門誌でないかぎり気持ち悪い。
ライターさんも編集者も
あえてこのくらい気持ち悪さを演出し、
逆に興味を抱かせようという意図なのかと
思ってしまうが
どうなんだろう。
他の記事が、かなり大衆ににじり寄ってるだけに
さわやかなデザインで一見、お洒落で
軽やかなレイアウトにみえるここだけが

見たことのない
気持ちの悪い光に満ちているようにみえる。

さて、
気持ちが悪いあなたは
間違いなく、
「ホメオパス」
ググりましたね(笑)

でも、

「銀河系に涙を一滴垂らした」

という言葉の感触はいい。
とても。
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by 1egg2min | 2006-02-18 04:51 | BOOKS


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